■事例研究
人工知能(AI)関連発明の特許出願は、この数年で急速に増加しています(2014年で年間1000件程度、2018年で年間4500件超)。機械学習アルゴリズムは、与えられた学習データから自動的に学習してAIモデルを構築します。出願人にとっては、自動的に構築されたAIモデルをどのように明細書に記述すれば記載要件を満たすことができるのかが気になるところでしょう。特許庁は、AI関連発明の明細書記載要件について判断のポイントを周知するため、審査ハンドブックに事例46-51を追加しています。事例46‐51の研究が、AIモデルについて明細書中にどの程度の説明または証拠を要するのかの判断の参考になります。
■キーワードは、学習データの合理性
ある事例では、学習データは、過去の製品に関する広告活動、ユーザ・レビュー、売上数といった複数種類のデータを含みます。このような学習データから構築されたAIモデルは、別の製品に関しても、広告活動およびユーザ・レビューから売上数を予測できるようになります。
クレームは、例えば、「広告活動、ユーザ・レビューおよび売上数を含む学習データにより機械学習されたAIモデルが、広告活動およびユーザ・レビューを受け付けて売上数を出力する」と記述しています。
特許庁の審査ハンドブックによると、明細書の記載要件は、以下の場合に満たすと考えられています。
- 明細書が、学習データに含まれる複数種類のデータの間に相関関係があることを裏付けるための統計分析または説明を記述している(事例49);または
- 明細書が、学習データに含まれる複数種類のデータの間に相関関係があることを裏付けるため、実際に構築されたAIモデルの性能評価を記述している(具体例50);または
- 明細書が、具体的な証拠を明示していなくても、出願時の技術常識によると、学習データに含まれる複数種類のデータの間に相関関係があることが推認される(具体例46~48)。
このように、明細書の記載要件を満たすには、学習データに含まれる複数種類のデータの間にもっともらしい相関関係が認められることが重要です。簡単に言うと、学習データの合理性が問われます。
例えば、上述した売上数を予測する事例では、広告活動、ユーザ・レビューおよび売上数に相関関係が認められると評価されています。たしかに、広告の掲載場所・頻度に応じて売上数が変わりそうですし、ユーザ・レビューにより表される製品の人気・評判に応じても売上数が変わりそうです。つまり、広告活動、ユーザ・レビューおよび売上数の間にもっともらしい相関関係がありそうです。したがって、明細書中に統計分析や性能評価といった相関関係を裏付けるための証拠を記述していなくても明細書の記載要件を満たすということです。
これに対して、例えば、農家の顔からその農家の生産物の糖度を予測する事例では、農家の顔とその農家の生産物の糖度との間にもっともらしい相関関係が認められないと評価されています。したがって、明細書中に統計分析や性能評価といった相関関係を裏付けるための証拠を記述しなければ、明細書の記載要件を満たさないということです。もし、本当に農家の顔からその農家の生産物の糖度を予測できるのであれば、それを裏付ける統計分析または実際に構築したAIモデルの性能評価を明細書に記述する必要があります。十分な証拠の記述により、明細書の記載要件を満たすことができるでしょう。
資料:特許庁ウェブサイト AI関連技術に関する特許審査事例について
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/ai_jirei.html