米国特許-特許適格性(3) 事例紹介

USPTO公表の仮想事例

審査官は、審査ガイドライン(MPEPを含む)に沿って審査をします。審査ガイドラインは、出願人に有利な事例をいくつも記載しています。以前米国事務所に勤務していたとき、同僚弁護士から、審査ガイドラインに記載された事例を利用して反論することをよく勧められたものです。

101条拒絶も例外ではありません。101条拒絶を克服するために、(1)審査ガイドラインからクレームに類似する特許適格事例を探し出し、あるいは、その事例に似るようにクレームを補正し、(2)クレームが特許適格事例に類似している事実を説明し、(3)その事実を理由に拒絶の撤回を求める、という応答手法をとることが有効でしょう。あるいは、出願当初から101条拒絶を回避できそうなクレームをドラフトしておくことが審査段階での応答コスト(人的・金銭的)の低減に有効です。

USPTOは、2019年の改訂ガイドライン(2019 PEG)以来、仮想事例37~46を公表しています。2019 PEG でステップ2AがProng 1 とProng 2に細分化されました。仮想事例37~46はこの細分化を反映していますので、まずはこれらを研究するとよいでしょう。

以下に、仮想事例37~46の各クレームが審査手順のどのステップで特許適格と判断されているのかをまとめてみました。

ステップ2AのProng 1は、クレームが司法例外を記述しているかどうかを問います。ステップ2AのProng 2は、クレームが、司法例外以外に、その司法例外を現実のアプリケーションに統合するような追加要素を記述しているかどうかを問います。

Prong 1で特許適格と判断される事例とそうではない事例とを対比することで、どのようなクレーム表現が「司法例外を記述していない」ことになるのかの理解の助けになります。例えば、事例37のクレーム2とクレーム1を対比してもよいでしょう。

同様に、Prong 2で特許適格と判断される事例とそうではない事例とを対比することで、どのようなクレーム表現が「司法例外を現実のアプリケーションに統合する」ことになるのかの理解の助けになります。例えば、事例37のクレーム1とクレーム3を対比してもよいでしょう。

仮想事例37

以下に仮想事例37を紹介します。仮想事例37は、グラフィカル・ユーザ・インターフェイス上でのアイコンを自動的に再配置する方法に関します。具体的には、各アイコンの使用量を特定し、最も使用量の多いアイコンをシステムのスタートアイコンに最も近い位置に自動的に配置します。

クレーム1 - 特許適格

コンピュータシステムのグラフィカル・ユーザ・インターフェイス上のアイコンを再配置する方法であって、
(i) 各アイコンの使用量である特定の基準に基づいて各アイコンをまとめる旨のユーザの選択を、前記グラフィカル・ユーザ・インターフェイスを介して受信し、
(ii) プロセッサにより、所定期間における前記各アイコンの使用量を特定し、
(iii) 前記使用量に基づいて、最も使用量の多いアイコンを、前記グラフィカル・ユーザ・インターフェイス上における前記コンピュータシステムのスタートアイコンに最も近い位置に自動的に移す、方法。

ステップ2A – Prong 1

クレーム1は、ステップ2A – Prong 1では、司法例外を記述しているとして、審査を通過しません。審査ガイドラインは、赤字部分(プロセッサにより、所定期間における前記各アイコンの使用量を特定し)が、最も広い合理的解釈(Broadest Reasonable Interpretation)のもとでは、人の脳内で実施される行為(思考プロセス)であると説明しています。審査ガイドラインは、「プロセッサにより」と単に形式的に記載されているだけでは、思考プロセスであるとの判断を覆せないと説明しています。

ステップ2A – Prong 2

一方、クレーム1は、ステップ2A – Prong 2では、全体として、司法例外(思考プロセス)を現実のアプリケーションに統合しているとして、特許適格であると判断されています。クレーム1は、思考プロセス以外の追加要素(Additional elements)として、青字部分およびプロセッサを記述しています。審査ガイドラインは、この追加要素が、使用量に基づいてユーザに自動的にアイコンを提示する特定の方法を記述して、従来のシステムに対して特定の改善を提供していると評価しています。

従来のシステムに対する特定の改善の提供は、特許適格性を肯定する一つのファクターです。DDR Holdings 事件、MPEP 2106.05(a) 参照。

クレーム2 - 特許適格

コンピュータシステムのグラフィカル・ユーザ・インターフェイス上のアイコンを再配置する方法であって、
(i) 各アイコンの使用量である特定の基準に基づいて各アイコンをまとめるとのユーザの選択を、前記グラフィカル・ユーザ・インターフェイスを介して受信し、
(ii) 各アイコンに関連付けられた各アプリケーションにどれだけのメモリが割り当てられたかをトラッキングするプロセッサを用いて、所定期間における前記各アイコンの使用量を特定し、
(iii) 前記使用量に基づいて、最も使用量の多いアイコンを、前記グラフィカル・ユーザ・インターフェイス上における前記コンピュータシステムのスタートアイコンの最も近い位置に自動的に移す、
方法。

クレーム2は、特定ステップ内の太字部分のみがクレーム1と異なります。具体的には、クレーム1では、単に「プロセッサ」としか記載されていませんが、クレーム2では、「各アイコンに関連付けられた各アプリケーションにどれだけのメモリが割り当てられたかをトラッキングするプロセッサ」と記載されています。

ステップ2A – Prong 1

クレーム2は、ステップ2A – Prong 1で、司法例外を記述していないとして、特許適格であると判断されています。審査ガイドラインは、特定ステップは、人の脳内で実施できないプロセッサの動作を含むことを指摘し、特定ステップは思考プロセスを記述していないと判断しています。メモリの割り当てのトラッキングは人の脳内で実施できないということでしょう。

クレーム3 - 特許不適格

コンピュータシステムのアイコンをランキングする方法であって、
(i) プロセッサにより、所定期間における各アイコンの使用量を特定し、
(ii) 前記プロセッサにより、前記使用量に基づいてアイコンをランキングする、
方法。

ステップ2A – Prong 1

クレーム3は、クレーム1と同様に、ステップ2A – Prong 1では、司法例外を記述しているとして、審査を通過しません。

ステップ2A – Prong 2

クレーム3は、ステップ2A – Prong 2では、司法例外(思考プロセス)を現実のアプリケーションに統合しないとして、審査を通過しません。クレーム3は、思考プロセス以外の追加要素として、特定ステップとランキングステップを実行するプロセッサを記述しています。審査ガイドラインは、プロセッサは、思考プロセスの実行に単に適用されているに過ぎず、思考プロセスの実行にそれ以上の意味ある限定を負わせていないと指摘し、プロセッサが思考プロセスを現実のアプリケーションに統合していないと判断しています。

ちなみに、日本の審査では、「自然法則の利用」を担保するためにハードウェア資源をクレーム内に明示することがあります。この場合は、「プロセッサにより」のような単なる形式的な記載で足りることがあります。一方、米国の特許適格性の審査では、このような単なる形式的記載は通用しません。この点ご留意ください。

ステップ2B

クレーム3は、ステップ2Bでは、単にプロセッサを適用しただけなので発明概念(Inventive concept)を提供しないとして、審査を通過しません。

所感

電気電子・情報技術分野(特にコンピュータソフトウェア関連)の発明は、判断する、決定する、特定する、算出する、のような抽象的概念に分類されそうな文言を記述することがあります。

ただし、上記事例37のクレーム1のように、たとえクレームが抽象的概念を記述していても、それ以外の要素(Additional elements)も適切に記述していれば、特許適格性を有すると判断されます。101条拒絶を克服または回避するために、そのような追加要素をクレームに補充できそうか、法的(特に、明細書サポート)およびビジネス的(特に、許容される権利範囲かどうか)に検討してみてはいかがでしょうか。

なお、上記事例37のクレーム2のように、ステップ2A – Prong 1 で特許適格と判断されるようにしてもよいかもしれません。ただし、クレーム2は、「各アイコンに関連付けられた各アプリケーションにどれだけのメモリが割り当てられたかをトラッキングする」という限定を含みますので、クレーム1よりも狭い権利範囲となっています。他の特許要件(例えば、新規性・非自明性)を満たすのであれば、クレーム1での権利化を目指すのがよいでしょう。

また、事例37のクレーム3のように、単なる「プロセッサにより」の形式的な記述は、単なる汎用コンピュータの適用として、特許適格性の肯定判断に寄与しません。この点、留意を要します。